「ご主人さま?」「少し、寝て休め」どうやら、もうじきエルバートの正式な花嫁になれるという余韻に浸り、その気持ちの高まりで眠ることが出来なかったことを見透かされていたよう。フェリシアは客間でエルバートに頭を優しく撫でられながら微睡んだのだった。* * *その後、エルバートは執務室で机の椅子に座り山積みの書類に目を通しつつフェリシアのことを考える。先程、フェリシアは多少休めたようだが、これから2ヶ月、婚姻の式の件で多忙を極めることになる。大丈夫だろうか。彼女は無理をして頑張りすぎるところがあるから心配だ。(私がしっかり支えねば)「エルバート」アベルに声を掛けられ、ハッとする。アベルだけではなく、カイとシルヴィオもおり、いつの間にか書類を持って中に入って来ていたようだ。「軍師長、指輪が決まったとさっきディアム様から聞きましたけど、全く執務に集中出来てないみたいですねー笑」「2か月で結婚式準備とか前代未聞だな。やはり冷酷な鬼神」カイに続き、シルヴィオが嫌味を発し、エルバートは冷ややかな殺気を放つ。するとその脅威な殺気でふたりは黙り込み、書類をさっと机に置いてすぐさま出て行った。* * *そして結婚指輪の宝石選びの翌日も慌ただしさは続く。フェリシアは昨日の午後に引き続き、今日も婚姻の式で着るドレスの布地やデザイン画、装飾品、差し出される様々な高貴なドレスの試着をまるで着せ替え人形のように強いられる。更に午後になった今は落ち着く暇もなく、執務室でエルバートと共に招待状の手紙を書いたり、サインをしたりしている。けれど。(身内であるものの、ローゼ伯母さまだけ、招待状を書くことがどうしても出来ない)「フェリシア、手が止まっているがどうした?」エルバートがソファーに座ったまま、隣から声をかけてきた。「ローゼ伯母さまへの招待状のことなのですが……」「私は出さなくて良いと言ったはずだが、それでも出すつもりなのか?」「いえ、招待状を書くことがどうしても出来なくて&
どれほど抱き締め合っているのか分からない。けれどフェリシアは思う。やっとここまでこられたと、もうじきエルバートの正式な花嫁になれるのだと。* * *そんな余韻に浸れた時間は今宵だけで、翌日の朝。ルークス皇帝に婚姻のことをご報告する為、エルバートと共に皇帝の間へと向かい、やがて玉座の階段前で互いに跪くとルークス皇帝が口を開く。「エルバートよ、急遽、報告したき事とはなんだ?」「昨夜、隣のフェリシアと婚姻の約束を交わしました」エルバートの言葉を聞いたルークス皇帝は驚くと同時に優しく微笑む。「――そうか、ようやくか。エルバート、フェリシア、おめでとう」「ありがとうございます」フェリシアとエルバートは合わせて礼を言う。「そうと決まれば、婚姻の式を早急に挙げねばな」「2ヶ月後に公務が空くゆえ、その日に婚姻の式を挙げるのはどうであろう?」エルバートに目線を向けられ、フェリシアは頷く。「私達はその日で構いません。ですが2ヶ月後で準備が間に合うかどうか」「エルバートよ、心配ない。間に合うかどうかではなく、間に合わせる、必ずな」「お心強い言葉をありがとうございます」エルバートはお礼を告げ、フェリシアはエルバートと共に深々と頭を下げる。こうして2ヶ月後に婚姻の式を挙げることが正式に決まった。その途端、休む暇もなく、フェリシアはエルバートと結婚指輪の宝石を選ぶこととなり、ルークス皇帝のお墨付きの女性の店主が至急、アルカディア宮殿を訪れ、客間のテーブルに宝石箱がずらりと並べられる。店主によると指輪を作るのに2ヶ月もあれば充分とのことで、「一番惹かれるものをお選び下さい」と、エルバートには、「好きなものを選んで良い」と言われるも、どれも勿体無い程、高級で美しい宝石ばかりで選べない。どうしよう。こんなにもお待たせして選べられないだなんて言ったらもっと不快にさせてしまう。「フェリシア、ゆっくり選べば良い。私は怒ったりしない」自分の心を読まれたかのようにエルバートに声を掛けら
* * * それから一週間後。 皇帝の間にてエルバートの昇格式が執り行われ、エルバートの父であるテオと母のステラ、公爵、伯爵等の偉い方々がいる中、フェリシアはエルバートの姿を見守る。 前日にルークス皇帝から次期皇帝候補にフェリシアとエルバート、どちらかを入れたいと申し出があった。 けれど、エルバートならまだしも自分が皇帝の立場になるなどとんでもないと断り、エルバートもまたゼインがいる内は考えられないと断り、ルークス皇帝の次に偉い帝爵(ていしゃく)に昇格することのみを承諾し、今に至る。 高貴な軍服を着たエルバートはルークス皇帝から帝爵の証である勲章を受け取り、また一段と凛々しくなられたエルバートの姿を見られて良かったと心から思った。 そして翌日の夜。 エルバートに手を握られ、アルカディア宮殿のある場所に連れて行かれる。 ピンクの花が中庭の一面に美しく咲いていた。 甘い花の香りが漂う。 「ご主人さま、とても綺麗なお花ですね」 「あぁ、この花は白き花だからな」 「え、ですが、色が」 「ここだけ月の光が良く当たるからか、色が変化したようだ」 エルバートは手を放すと薄着で寒そうに見えたのか完全に直ったチェーン付きの勲章のようなブローチが煌めく魔除けコートを着せられ、 「このブローチが直った時、お前は必ず起きると信じていた」と、 胸元のポケットから高貴な箱を取り出し、箱の蓋を開けて見せる。 すると箱の中にはチェーンの部分がすべて複数の満月のような宝石で、ペンダントヘッドの中心に神聖な煌めきを放つダイヤが付いたネックレスが入っており、フェリシアは驚き固まる。 「このネックレスは魔除けとファッション、両方使えるネックレスだ。受け取ってくれるか?」 (あ、だからここへ来る前にネックレスは外して来いとおっしゃったのね……) 「は、はい。付けて頂けますか?」 「あぁ」 ネックレスを付けてもらうと、ダイヤがきらりと輝き、エルバートは何故か距離を取る。 付けてなどと、おこがましかったかもしれない。 フェリシアは気落ちする。 するとエルバート
エルバートが詠唱した次の瞬間、フェリシアの右手の甲が輝き、印が表れる。すると窓から月光が差し込み、アルカディア宮殿の礼拝堂の深夜を知らせる鐘が鳴り響いた。* * *フェリシアは18歳の姿のまま、生まれ育った家で両親と共に暮らしていた。もうどれくらい経つだろう。これは夢なのだと分かりながらも母に髪を解いてもらったり、一緒に朝食を作って味見したり、お洗濯したり、縫い物をしたり。公務から帰って来た父を母と出迎え、母と一緒に作った夕食を父が食べて褒めてくれて、とても嬉しい。けれど、父の夕食を食べる姿が愛する人と何処か重なり寂しい気持ちになる。両親と過ごす温かな日々は幸せで、両親と毎晩中庭で白き花を見ながらずっとこのまま両親と共にいたいと願う。抱き締めて欲しい、抱き締めていたいとさえ願う。だけど。フェリシアは深夜、家を一人、出ていく。そして決して振り返ることはせず、ただ前だけを向いて歩き続けるも涙があふれて止まらない。お父さま、お母さま、ごめんなさい。やっぱりこのまま諦めたくありません。(わたし、ご主人さまにもう一度、会いに行きます)「わたしは、ご主人さまと、幸せに、なりたい」願いを発した次の瞬間、フェリシアは温かな月光に照らされた――――。* * *鐘が鳴り響く中、エルバートは月光で顔を柔らかく照らされたフェリシアの右手を取り、右手の甲の印に優しく口づけのキスをする。その瞬間、髪飾りの白き花が輝いて開き、フェリシアの体が神々しい光に包まれ、寝た状態で浮かび上がっていく。そしてフェリシアの髪は以前にもまして美しいピンクゴールドに染まり、ベールのようなチュールレースの長いリボンが触覚付近から空中に靡き、華やかで豪華な美しきドレスをまとった完全なる絶世の伝説の祓い姫の姿へと変わり、光に包まれたまま、降りてくる。すると立ち上がったエルバートがお姫様抱っこでフェリシアの体を受け止め、そのまま跪く。やがて光は消え、フェリシアの両目がゆっくり開く。「フェリ、シア?」
* * * エルバートはルークス皇帝に命じられた通り、執務室の仮眠ベッドで眠り、回復した翌日の朝。 執務室で机の椅子に座り昨日こなせなかった山積みの書類に目を通していると、ユナイトが執務室に駆け入ってきた。 「はぁ、エルバート様!」 「そんなに慌ててどうした?」 エルバートは椅子に座ったまま尋ねる。 「フェリシア様を目覚めさせる呪文の書が宮殿内にあるかもしれません」 ユナイトが発した言葉を聞いた瞬間、エルバートは机に手を突き、勢いよく椅子から立ち上がる。 「至急、皆に探させ、私も探す」 その後、エルバートはディアムに伝え、 宮殿に仕えている者達にも通達が行き、懸命に探し始め、 エルバート、ディアム、ユナイト、ゼイン、クランドール、皇帝の側近、リリーシャ、クォーツも必死に探し、 皇帝の間に重要な昔の書物が隠されていることが分かった。 そしてエルバートを含めた8名とルークス皇帝がその書物が隠されている場所に集まると、それは皇帝の座の後ろの壁の中にあり、壁に書いてある古代文字をユナイトが解読する。 「どうやら、古代の書の箱の中に祓い姫を目覚めさせる呪文の書が入っており、古代の書の箱を取り出すには、ルークス皇帝が壁に書いてある呪文を唱える必要があり、唱えると壁が開き、箱の蓋も開くようでございます」 「ユナイトよ、解読ご苦労。ではこれより詠唱する」 ルークス皇帝は壁に両手を当て、口を開く。 「皇帝の聖名に誓い、アルカディアの神々の陽光に祈る」 「我に道を示し、封じられし書の鎖を光の如く解き放て!」 詠唱を終えると、壁が開き古代の書の箱が現れ、続けて蓋が開いた。 そして、ルークス皇帝の手によって呪文の書が取り出され、再びユナイトが解読する。 「月が頂点に昇り深夜の鐘が鳴り響く時、祓い姫に白い花の髪飾りをつけ、真に愛する人がその呪文を唱え、祓い姫の右手に浮かび上がる甲の印に口づけした時、回復の魔法が発動するとのことでございます」 エルバートの瞳に光が宿る。 今月、月が頂点に昇る日は3日後か。 (私が必ず、フェリシアを目覚めさせてみせる)
そして午後には帝都の魔を全て浄化したアベルとカイが軍達と共にアルカディア宮殿に戻り、フェリシアのことを知ったアベルとカイは顔を曇らせる。 だが、アベルはエルバートの肩をぽんと叩き、カイと励ましの言葉をかけ、 リリーシャはフェリシアが目覚めるまで宮殿に残ると言い、 ラズールとクォーツは交代制でブラン公爵邸の管理をしつつ、 エルバートを手伝うディアムやリリーシャと共にアルカディア宮殿の復旧の手伝いをする。 そしてエルバートは復旧と執務をこなしながら、お可哀想に、とフェリシアの部屋の花瓶に白き花を飾るメイド長に憐れみられ、ディアムに心配されつつも大丈夫だとフェリシアの看病をしながら壊れたままだったチェーン付きの勲章のようなブローチを直し続け――、とある深夜。 「エルバート」 寝室のベッドの横に立ち尽くした状態のルークス皇帝に名を呼ばれ、エルバートはその横で跪きながらハッとする。 「何度呼んでも上の空とは」 「大変申し訳ありません」 「ディアムからの報告を側近から聞いたところ、フェリシアが眠りについてから3週間程経過してもまだ、復旧と執務をこなしながらフェリシアの看病を続けているそうであるな」 ディアムめ、余計な報告を。 「大丈夫か? 我から見ても相当疲弊しているように見えるが」 「私は疲弊などしておりませんので大丈夫にございます!」 エルバートは強く否定し、ハッとする。 「ルークス皇帝、今のは……」 「良い。お前をこうして追い詰めた状況にしたのは我自身なのだからな」 ルークス皇帝は儚げな表情を浮かべる。 「お前とフェリシアに幸せになってもらいと思いながらもフェリシアを我だけのものに出来たらという想いもあり、魔に隙を突かれ乗っ取られてしまった」 「本当にすまなかった」 ルークス皇帝は頭を深々と下げる。 「ルークス皇帝、どうか頭をお上げ下さい」 ルークス皇帝は頭を上げ、エルバートを見る。 「私はルークス皇帝を失わずにこうして話が出来たこと、大変嬉しく思っております」 「我も同じ想いだ」 「そして剣を交えた時に感じたが、幼少の